第5回 「ストレッチの縫製」

 平成19年5月 
≪ アズマ? メール・マガジン 5号 ≫
≪ストレッチ素材の縫製について≫

 最近の傾向として、ストレッチ素材が進歩・多様化したせいか、タイトなデザインも増えてきました。
また、ストレッチ素材も、けして特別な素材ではなくなりました。
 しかし、地縫いのパッカリング:ビトつき:袖付け工程:ファスナー付け 等々
依然として、「あなどりがたい」素材ではあります。
ストレッチ素材の製品と一言で言われますが、衣料の種類によって、求められる縫製の機能も
大きくわかれるため、次のように製品機能の分類をしてみました。

1.ストレッチ性を生かせる程度には、延び代が欲しい製品。
ストレッチ素材の ジャケット・コートなど
2.いざ力がかかった時に、糸が切れない方が良い製品。
タイト系の ブラウス、シャツ、ジャケット、& ストレッチパンツ など
3.縫い線を 充分ストレッチさせる必要のある製品。
  水着、スパッツなど
3項の、特にメリヤス・トリコットなどのニット素材は、環縫いミシン、千鳥ミシンが主です。
※ 今回は本縫いミシンに絞って研究してみました。

 ストレッチ素材(織布テキスタイル)を、本縫いミシンで縫製加工する時の「前段取り」を主体に
メモしてみました。 縫製の一助にお読み願えれば幸いです。

                   ‘07.5.14. AZUMA? 縫製研究室 浅川 幸夫 

ストレッチ素材の縫製で、発生しやすい問題点は、以下の4点であると考えました。

第1章 『 糸調子の乱れ・糸の選択 』  糸調子の乱れが、事後にも発生します。  
第2章 『 本縫ミシンの前段取り  』  縫いずれ、パッカリングが発生しやすい。 
第3章 『 縫 製 』      地縫いの注意点。
第4章 『 仕様・付帯作業 』  仕様・付帯作業に、特段の注意が必要です。   

第1章 『 糸調子の乱れ・糸の選択 』
                      
§1.「糸調子の乱れ」の発生
1. ストレッチ性の生地を 地縫いします。 
 2.生地がもとに戻る範囲(10前後%〜20%)で、部分的に又は、全体を 伸長します。
◎ 製品の有り方によって、範囲は変わります。
 3.張力が無くなり、布地がもどります。
 ⇒  下糸 「ミの字」状態に 糸が乱れる。「糸浮き」も出ます。
 ⇒  上糸  糸浮き・よれのような 糸の余る状態に乱れます。

                

原因  糸は 伸長した量の 100%は、収縮しません。
そのため、収縮しきれない長さ分の糸が、余りとして乱れ(浮き)をつくります。
      縫い目の糸も、縫われた通りに元には戻らない。伸ばしによって、偏ります。
   (注意) 伸度が大きい糸ほど、戻るということでは無い。糸の性能(ヤング率)です。

§2.ミシン糸が、求められる性能。
1. 生地の伸びに追従し、なおかつ切れない糸 = 伸びのあるミシン糸
2.パッカリングが発生しにくい糸 = 糸のモジュラス性。ミシンの調整(糸調子)。

§3.伸びのあるミシン糸の種類(一部)
? ポリエステル・フィラメント糸
    エースクラウン  伸度:23%
    ハイパー        31%
? ナイロン・フィラメント糸
    ユニロン        29%
    レジロン        35%    
? ウーリー糸 ( ナイロン or ポリエステル )
    高伸度タイプ
    低伸度タイプ
? 特殊ストレッチミシン糸
    エッフェル(ソロ系ポリエステル糸) 伸度:60%以上

§4.糸の選択 
素材はストレッチ・ブラウスを例にしてみました。
 1.細い針で使える 細くて丈夫な糸。(#50以下)
 2.限界伸度 25%以上が望ましい。 製品の有り方によりますが。
 3.縫った後も、多少 動ける 滑らかな糸が良い。
 4.糸は、太いほうが、縫った後の伸度に耐性がある。
糸同士の食い込みが関係するようです。
      #60・80より、#50が、伸ばした時に切れにくいようです。

◎ 1〜4より、フィラメント糸の選択になります。(スパン系は、選択の理由が無い。)
ナイロン系は、ほとんど該当します。 レジロン(35%):エッフェル(60%以上) 等々
    ポリエステル・フィラメント系で、30%以上の限界伸度を持つ糸は『ハイパー』です。
      { エッフェル=ソロ原糸ポリエステル・フィラメント糸= を除く。 }
テトロン他 ポリエステル・フィラメント糸は、23%前後。
一般的なジャケットやコートなら、問題ないと考えます。
下糸がウーリーなら、全く問題はありません。

§5.糸への負担
1.針目が、細かいと、伸びに多少強くなります。
  2.生地が柔らかくボリュームがあると、伸びには、非常に強くなります。
  3.普通の糸調子だと、下糸が先に切れます。 対策は 下糸を優先します。
        ウーリー(高伸)糸や、エッフェル糸などを活用するのが良い。

§6.下 糸 
 1.ウーリー(高伸)糸 = ストレッチを縫製する上で 最も重要な「 要 」になる糸。
     各社 ウーリーに  ナイロン糸 & ポリエステル糸 が存在。
        それぞれに   高伸度  &  低伸度    が存在。
  必要ならば ウーリー(高伸)。 エッフェル(=ウーリー糸がダメな時)。
                  エッフェルは、上糸にも使用は可能です。
 2.ウーリー糸だけは、布が戻っても、乱れ・糸浮きの形態をあらわさない、唯一の糸です。 
    特に高伸タイプは、カサが高いため、伸び戻り糸の乱れを防ぐ効果が高いです。
上糸の伸びを データ以上に 限界一杯まで 生かす事が出来ます。

 3.ウーリー糸(ナイロン)の弱点は何か 
   ? 擦過に弱そう。( 実証試験 未了 )= 形状からは言えそうです。
   ? 強力に 劣る。 = 強力を必要とする個所の検討。
      限界強力が弱い為、無理な力が1箇所に掛かるような所では弱さが出      る事があります。
       「上糸が切れると その衝撃で ウーリー糸までいっしょに切れてしまう。」            というケースが見られました。
   ?「熱(アイロン)に弱く、溶け易い。」 = 迷信に近い。:ポリエステルもあります。

第2章 『 本縫ミシンの前段取り 』

§1.試し縫ミシンの仕様 
ミシン(JUKI)DDL−5581N  針板  4枚歯−針穴1.4mm ( AZUMA )
送り歯 4枚歯−33 T ( AZUMA )
    針  DBx1KN #11   
                 押え   NT−18 ( NIPPO )

§2.押 え  
1.普通に 地縫い。 = 糸の持つ伸度に期待します。
  パッカリングを起こさないように、生地をスムーズに送る必要があります。
   また、生地伸びすると、上糸浮きに 即 つながるので、やはりスムーズに無理なく縫いたい。
  特に横地方向の 地縫いで、縫いズレによる、パッカリングが発生やすいです。
押え圧は、必要最小限にします。強いと 特に上布をしごいて、伸ばす傾向になります。
      エア・ダンパー押え。オイル・ダンパー押えは、有効(万能)です。
押えは、テフロン等すべりが良いものが適当です。スライド・リング押え等も推奨します。
      NIPPO  テフロン NT−1: −2: ―5: −18 など  
      日本工研 スライド・リング SR−DB−L:(R):W  

2.伸ばし縫い。 引っ張り縫い。
 充分に、ストレッチの機能を生かす。メリヤス・フリースのような生地向き。
  かなり乱暴な縫い方で、細かい丁寧な作業には向きません。
   糸のもつ、伸度に期待せず、生地が伸びた状態で縫い、糸は、布と伴に動きます。
   押えは、やや広幅の金属性が良い。押え圧力は、強目のほうが良い。
     伸ばし・引っ張り どちらにしても、手前には やや、強く布を引く加減があります。
     ミシンは、それに負けずに 生地を送る形になります。

§3.送り歯と針板
1.3枚歯と4枚歯の送り  
明らかに『4枚送り歯』の方が良いと思います。

          
                        
    3枚送り歯だと、上の縫い代が、左にずれて、浅くなり易いと思います。
 薄物の場合は、4枚歯では、縫いの安定度に、3枚歯の時と違いが感じられます。 
   ストレッチで、押え圧を弱くした場合などは、不安定になりやすいので、4枚歯は特に有効です

2.送りは、確実に、安定して、スムーズにと、なれば、
      4枚歯(4R)と テフロン・メッキ・コート針板が良いでしょう。

     送り歯 NIPPO NSA−914(27T=細目): NSA−914−SF(35T=極細目)

針板   NIPPO 4R−1026T〜1826T(1226Tは無い。備考)&4R−1430T~1830T
          (例 1026T = 針穴1.0mm : 針板厚 2.6mm : テフロン・コート )
       備考 NIPPO「4R−1226 & FDセット」 針穴1.2mm(33T=細目)コート無し 

 (注意)4枚歯は、(3枚歯以上に)製造ブランドにより、規格が異なりますので、
必ず同じ会社の、同じシリーズをそろえた方が安全です。

( フリースの試し縫い )                  
明らかに違いました。4枚歯では、美しく縫えますが、
3枚歯では、パッカリングのような、うねりが生じます。)
押え圧力の変化によって、表情が変わると思いましたが、ほとんど変化ありませんでした。
    むしろ 前述したとおり、3枚歯に変えたことにより、明らかに、ポコつきました。

§3.針の選択
1.薄物の、デリケートな素材が多い。 
  1.地糸切れは、即 穴の発生なので、Filament-Fiber(原糸)のレベルでも避けたい。
2.糸を引っ掛けると、糸引きを起こしやすいので、避けたい。
  という2点から、薄物には Sポイント又はKN(SF)の選択(先端『J』ボール)が賢明です。

 DBx1KN #8〜14 を推奨 : デリケートな素材の標準針と考えます。 
    針幹は、あまり細いと目飛びの恐れがあります。
針の太さ(番手#:針幹)は、生地・工程に合わせて下さい。
#50以下のフィラメントは#7の針まで、充分 縫製可能です。

2.中厚物のストレッチ素材は、針振れしやすい。= 目飛、針折れが出易い。
DBx1−NY2(Sポイント)がお勧めです。針ぶれしにくい 万能針です。
#12以上の針を 使用する素材には万能です。
一般的にも ほとんどの中厚物生地に、針先端(R)も含めて お勧め出来ます。

◎ 針は、ピンセットを使用して、正確にセットしてください。
(Astage式)= 指先で、針を針棒に取り付ける。ピンセットで、針のエグレの位置を挟んで、
カマとエグレ面が平行になるように修整する。

◎ ミシン針の詳細については、弊社『 「本縫いミシン針」配布試料 』をご請求ください。
    メール、または、担当営業持参にて 配布いたします。
      アズマ?HP トップ     http://www.azuma-kinba.com

第3章 縫 製 

§1.ストレッチ素材 + 普通素材 組合せ縫製
 伸びない素材との地縫い = 縦地と横地の縫い合わせも = は、特に難しいです。

 平縫い 
 ストレッチ素材を 下にする。― わずか伸びるが、コントロールのうちです。
   〃      上にする。― 押えにより、かなり伸びてきます。押えのセットによっては
                     かなり、普通素材が、イサリます。

 カーブの地縫い(縫合せ)の時に、縫い代がさばけない時があります。= 片押えが有効。
⇒ NIPPO 右細巾自由押え NP−10:右端縫い片押えNT−11 (テフロン) 
など試用して下さい。
(参考) NP-10の形に 普通のテフロン押えNT-1を加工するのが、使い良いと思います。
⇒ もちろん スライド・リング押え 日本工研 SR−DB−L も有用と考えます。

 いせ込み 
結論 : 本来の 縫製ポジションで良いです。= いせられるものは、下送り側にします。

 上 普通素材   下 ストレッチ(いせ)
    安定して、健やかには入りやすい。しかし 伸びる傾向なので、多量に入れるのは大変です。
    袖つけは、身ごろを下にしますと、上手くいきません。(= 後付け袖 )
     この状態は、『 袖付け 』の状態でもある。 = 普通と逆ですが、これが正しい。

 上 ストレッチ   下 普通素材(いせ)
    上にある ストレッチ素材を伸ばせば、必然として、いせは入ります。
      量のコントロールが難しい。:入りすぎます。
    下糸は、いせが多くなればなるほど、緩むので、糸調子、糸の選択が、限定されます。
    ギャザっぽいものを狙うのでなければ、お勧め出来ません。
    このケースでは、自然に いせが入りやすいが、その分操作しにくいです。

第4章 『 仕様・付帯作業 』

 ストレッチ素材の持つ、特性によりまして、気を付ける事が多くなります。

1.ファスナー付け  = 付け代にテープ芯をいれて下さい。

  ストレッチ性の基布を使用したファスナーは、存在します。
    但し、ファスナー部分に、ストレッチ性は無いので、かなり特殊な用途になります。
  むしろ、一般的なエフロンや、コンシールをいかに合理的に 美しくつけるかが、大切です。

  最近、付け代に 芯やテープを入れないで つける傾向が、特に コンシールで目立ちます。
   しかし、基本的には、コンシールでも、縫い代芯は必要です。
映りを嫌う向きもありますが、ファスナーの縫い代は 必ず映るわけです。
   むしろ、美しくファスナーが付くほうが優先されるべきでしょう。 (YKK様 談)

  ファスナー 縫い代テープ芯 = ストレッチ性のある、ストレート系の伸び止を使いたい。
   何も入れない   ⇒ アイロン折り・ファスナー付け地縫いで伸び、ステッチで不安定になります。
   硬いストレート ⇒ 反ったり、つれたりしやすく、ますます硬くなり、馴染みません。
   ハーフバイアス ⇒ 左右で、 違いが出やすい。 ヨレの生じる可能性があります。

2.ボタンつけ  = 釦付け糸が 表地1枚のみに負担をかけないようにします。

  ストレッチ素材は、1点に掛かる力に弱い面があります。
 ボタン付け力芯用(穴掛り兼用)の補強芯を入れます。 
力ボタンをつけます。
前立てなどは、「縫い代を広くしてボタン土台として生かす。」等の対策が必要です。

3.鳩目穴掛り  = 穴掛りの土台になる芯を入れたほうが、安全です。
  身ごろ芯もストレッチ性の時は、穴掛り補強芯を考えて下さい。
「先メス」で上手に美しく出来ない時は『 後メス 』を試してください。
     バイアス方向の穴掛りは避けたい。(多くはフラワー・ホール=飾り穴)
どうしても必要な時は、しっかりした補強芯が必須。 

4.芯張り  = 途中で芯を切ると、表情に出やすいのがストレッチの特徴です。
芯にストレッチ性がないと、はがれやすい。接着性の悪い素材も多く有ります。
     入れる部分をパターン設計に入れておく。たれや、表面への響きに注意が必要です。
 
   接着条件が、難しい。接着時のパーツ取扱でヨレ・ゆがみに気をつけます。
   温度での 縮み量 ・ 動き量の 大きい生地が多いと思います。
戻り量も大きいので、修整量にも配慮して下さい。
ヘムや キセなどで、動き量に、ゆとりのある対策をしておきます。

5.ドット釦(スナップファスナー) = 布がひっぱられると痩せるので、抜けやすくなります。
                    穴も当然 大きくなりやすい。
  下穴は、小さく明けます(スナップFでは、下穴不要)。 力芯を考えます。
  金属部(特に薄いエッジ)を直に、表地に触らせない。= 革・プラのワッシャーを噛ませます。
  打撃系ドッタ−より、人力又はエアなど 加圧系ドッタ−が適していると思います。
   YKKアタッチングマシンは、打撃系のみだが、問題ないという解説でした。
 「かませ代の広いデザインのボタンを選ぶ。」などの工夫・配慮が必要です。
  
 <蛇足> ドット釦・ドッタ− = モリト。
スナップファスナー・アタッチングマシン=YKKスナップファスナー(旧スコービル)

6.ルイス  = 裾ヘムなどの止め付けは、布の弾力のせいで、とても 表に響きやすい。
  糸は、すべりが良くて、細い糸を使用します。 糸調子は、「ふっくら」と充分ゆるくします。

◎ すくい目をあまり小さくすると かえってクボミとして目立つことが多い。過ぎたるは!
     クボミ(へこみ)が、目立つときは、色の合った細い糸で しっかりスクう手があります。
◎ 奥マツリミシンなら、なお良いのですが。

ルイス糸は、ハイパー・ロック(‘07.5  100色先行発売)が お勧め。 
     すべり(糸の走り)は、テトロン以上だが、素材へのなじみがよく、糸抜けには有利。
柔らかい糸だが、腰があって、目飛びなどに有利。
    ‘07.10月には、エース・テトロン 全色対応になるので、色の選択が、楽になります。
   ウール・ストレッチなど 天然系は、キンバ・スパン #120が、お勧めです。

編集後記
 
  今回の特集にあたり、 メーカー様、縫製会社様より、多くのご協力をいただき、
有難うございました。 
特に 山形県鶴岡市在住 O氏には、数多くの重要な技術情報をお教えいただきました。 

末筆ながら、御礼申し上げます。   縫製研究室 浅川 幸夫  

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